「人間万事塞翁が馬」も座右の銘として良い言葉です!

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「人間万事塞翁が馬」をことあるごとに唱える私





諺は昔の人の生きる知恵。



そう思ってどの諺も考えるようにしている私ですが、中でも「時は金なり」とこの「人間万事塞翁が馬」は、座右の銘としてピッタリだと思います。



生きていれば、嫌な事、困ったこと、辛い事、悲しい事、出来れば避けたいマイナスな事がいっぱいあります。



そんな時にこの諺を思い出して、前向きになろうと思う私です。



でも意外と漠然とした意味しか理解できていないような気がして、この度、その由来や意味、類義語を調べたいなと思いました。
そしてもっと深く理解して、人生の糧にしたいなと思います。



この記事を読んで「人間万事塞翁が馬っていう諺は、人生の役に立つ!」と思っていただければ幸いです(●^o^●)
「人間万事塞翁が馬」の由来と意味





ストレートに由来を語ってみます。

由来物語の始まり、始まり~♬

中国の古い書物「淮南子(えなんじ)」より。



昔、中国の北の、胡(こ)と言う国の国境付近に城塞があり、その近辺に占いをする老人が住んでいました。



老人は馬を飼育していましたが、ある日胡の国方面へ逃げてしまいました。



貴重な馬が逃げてしまったということで、村人たちは老人を慰めにいきました。しかし、老人は・・・



「このことが不幸とは言い切れない」と言いました。



村人たちはその言葉を不思議がっていましたが、しばらくして、逃げた馬は沢山の良い馬を連れて戻ってきたのです。



今度は村人たちは、祝福をしに老人の元へいきました。すると、老人は・・・



「このことが幸せとは言い切れない」と言いました。



村人たちはその言葉を不思議がっていましたが、しばらくして、老人の息子はその馬から落ちて足の骨を折ってしまいました。



またまた、村人たちは老人を慰めに、老人の元へいきました。すると、老人は・・・



「このことが不幸とは言い切れない」と言いました。



その後1年ほどして、胡の国の民族たちが、城塞を襲ったのです。



城塞近くに住んでいた若者たちは皆、戦に駆り出されて多くの若者が戦で死しました。



しかし、老人の息子は足を負傷していたので、戦にいかずに済み、命が救われたということです。

「人間」は世間を表し、「万事」は何事も、「塞翁」は城塞近くに住む老人」つまり「人間万事塞翁が馬」とは・・・





「世間」は「何事も」、「城塞近くに住む老人」の「馬」のようなもの





という意味です。



「淮南子」の物語の老人の馬の出来事ように、良いと思ったことが悪いことをもたらし、悪いと思ったことが良いことをもたらすことがある。

幸不幸は予測ができないもの、ということがを表した諺が「人間万事塞翁が馬」という訳です。


類義語は「禍福は糾える縄の如し」などなど
類義語も色々調べてみました。


「禍福は糾える縄の如し」

・・・わざわいと幸福は、より合わせた縄のように表裏一体を成しているということ。「糾う」とは縄をより合わせること。



「楽は苦の種苦は楽の種」

・・・楽をすればあとで苦労を味わい、反対に苦労のあとには楽がある。今の苦労は将来の楽につながるのだから耐えなければならないということ。

※ことわざ辞典 故事・ことわざ辞典オンラインより



これらの諺も意味は同様ですね。

「良いことがあると思ったら、その逆も起こりうる。良いこと悪いことは交互にあるよ。前向きに生きよう!!」

というところです。


座右の銘にして生きようと思ったのは40歳を過ぎてから





人生で歳を重ねるごとに、特に40歳を過ぎてから「人間万事塞翁が馬、なんだなぁ」と実感している私です。



特に、子どもを授かってからは、子どもたちが色々なことをやってくれるので、自分では思ってもいない事に関わったり、失敗したり、大変な思いをしたり・・・。



特に、他の子に迷惑をかけてしまって、相手の親御さんや学校の先生、塾の先生や習い事を一緒にやっているママさんなど、沢山の人に謝罪してばかりいます。

大変で、毎日謝ってばかりいると、本当に疲れます💦



でも、今まで全く関わりの無かったお母さんに謝罪することで、そのお母さんとすごく仲良くなったり、塾や学校の先生に迷惑をかけてしまうことで、連絡を取り合うことが多くなって、理解ある先生とはすごく親しくなって、一緒に子育てしてくれているような安心感が得られたり・・・(⋈◍>◡<◍)。✧♡



私の子どもたちがすごく子どもが良い子どもだったら、こんな良い方々との出会いは無かったですよね❣



まさに人間万事塞翁が馬!!



また、私は子どもを授かったことで、学校のPTAの役員をする機会を得ました。

子ども一人につき、必ず何か委員を2年しなくてはならないということだったので、思い切ってPTAの役員をしたのですが、これが思った以上に大変で辛かったです💦

フルタイムで仕事をしているので、仕事が終わってから食事の支度や洗濯物をして、その後、みんなが寝静まったあとにPTAの作業をしました。



でも、しばらくするとフルタイムで仕事をしていても、空いた時間で何かしようと思うことが辛くなくなっていました。



むしろ、こんな風に活動できるのであれば、PTA以外の何かができるのではないか、と思いました。



そして、今、自分のブログを立ち上げて、毎日コツコツと記事を作って投稿してきています。



それもこれも、あの大変だったPTAの活動をすることで、空いた時間に何でもできる、といいう確信と前向きな気持ちが生まれたから、ということに他なりませんでした。



大変だった時間を経験したからこそ、今がある。



日々そう思います。
幸せ不幸せは交互にやってきます
今、私の人生は最高に幸せだなぁ、と思います。



でも・・・



明日何かまたとてつもない試練が、私の元に訪れるかもしれません。

私の元に訪れるだけならまだしも、自分の子どもに訪れるかもしれません。



そうなったとき、きっと私は「人間万事塞翁が馬」の意味を思い出すはずです。



幸せだと思ったことが、ひょっとしたら不幸につながるかもしれないし、不幸だと思っていたことが、ひょんなことから幸せにつながるかもしれない。



辛い事があったら、きっとこれからいい事がある前兆だ、と思って辛い事をやり過ごしましょう。

幸せな事があったら、明日には何か不幸な事が起こるかもしれない、と思ってその時に備えましょう。



先人の教えです。



そうして、今を、生きていければ、きっと人生はステキなものになっていると思いますよ💖

「人間万事塞翁が馬」を座右の銘にして、生きることは素晴らしいと思いながら生きていきたいです❣❣❣

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