ピカソの天才ぶりは絵画だけじゃない!!3分でわかるピカソの天才の理由!!

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ピカソが天才と言われるのは絵画の才能だけじゃない!



「アビニョンの娘たち」



若いころ初めてピカソの絵画を目にしたとき、なんて理解不能な絵なんだろうという感想を持ったことを覚えています。

今でも、ピカソの作品に触れると、よく分からないなぁという思いになりますが、逆に、やっぱり天才だなぁという思いにもなります。



そしてまた、今でもあまり好きではない画家、というポジションは当時から変わっていません。

私がピカソがあまり好きではありません。理由はただ一つ。



「色のセンスが無い」です。



どの絵も決して、センスある色使いの絵とは言えないと思います。ピカソファンの方、すみません。

でも、それでもニューヨークのオークションで高値で売買されるその作品は、やはり天才、奇才、唯一無二の存在と認めないわけにはいかない芸術家で、これからも賞賛され続けるでしょう。

そんな次々と高額を叩き出すピカソ作品たち。

実はピカソはビジネスに関してかなりの天才で、彼の作品の売り込み方は、今聞いていも震えるくらい鮮やかで驚愕してしまいます!!



ピカソの何がすごいのか、彼の天才といわれる本当の理由を語ってみました。
言わずと知れた天才的な絵画技術の持ち主


改めて語るまでもなくピカソは早熟の天才でした。



14歳で完璧な写実的な絵を描いて、画家でもあった彼の父を驚かせました。

その後も美術学校で学び(でも真面目に授業は受けませんでしたが)、生まれ故郷のスペインからパリへ渡り、前衛的な若い画家たちと生活してその腕を磨いていきました。



ピカソのすごいところは、どんどん作風を変えていった、というところです。

絵画を始めた頃は、写実的な絵を描いていました。


「科学と博愛」



パリに来た頃は、有名な青の時代。青を基調にした絵を多く残しています。


「自画像」



その後、比較的明るい色調のばらの時代(またはサーカスの時代)。アビニョンの娘たちはこの頃の作品で、26歳で描いています。


「サルタンバンクの家族」



そして絵画の歴史を変えた、キュビズムの時代。崩して崩して再構成して、しかも四角形を基本にして絵を描くなんて、積み木とかレゴとかを思い出します。


「三人の楽士たち」



その後の新古典主義の時代。古典回帰ですが、その作風もやはり少し変わっていて、ふっくらしたフォルムの女性の絵を描いています。


「母と子」



シュルレアリスムの時代。この頃、フロイトが提唱した精神分析学、無意識の領域の研究が、絵画界に大きく影響を与えて、全く新しい絵画に対する考え方が生まれました。その流れをピカソもくんでいます。


「夢」



そして晩年の作品。ピカソの作品の中でも、より自由に簡潔になっていったピカソの晩年の作品が、私は一番好きです。


「若い画家」
自分と自分の作品に対してピカソが行った価値の付与


さて、ここからが唯一無二のピカソです。

まずはその唯一無二の数字からお伝えします。



一般的に絵画というものは、画家が亡くなった後に評価され、絵が売れていくことが多いですが、ピカソは史上初めて、亡くなる前に億というお金を稼いだ画家といわれています。

亡くなったときの総資産は7500億円ほど。すごいです。

作品の数も膨大で1万3500点の油絵と素描、10万点の版画、3万4000点の挿絵、300点の彫刻と陶器を制作し、最も多作な美術家としてギネスブックに登録されています。唯一無二ですね!!

それだけの作品を残しているにもかかわらず、すべて自分で制作していて、一日に数点描きあげられる速筆な画家でもありました。






これだけ作品を残してしまうと、現代の常識として価値が下がってしまうのではないかと思ってしまいますが、そうではないのがピカソのすごいところ。



大量生産の今の時代では、沢山同じものがあると価値が下がるのは当然ですが、ピカソの作品は一つ一つがオンリーワン。サインを入れることで、オンリーワンの動かぬ証拠となりました。

そこに「ピカソブランド」という付加価値を作品につけ、その価格を跳ね上げることに成功したのでした。

彼は自分をブランド化して、作品の価値を高めたのです。

では、どのようにしてブランド化していったのか。



ピカソは新しい作品を仕上げると、知り合いの画商を数十人呼び、展覧会を開きました。

その席で、作品についての説明やその背景を伝えました。

そうして、購買欲を喚起して、画商間での競争の原理も働かせ、価値を上げていったのです。プチオークションですね。



先ほどピカソは次々作風を変えていった、という説明をしましたが、そのことも作品の価値をさらに高めることになりました。



「新しいピカソの作品だ!!」となれば、コレクターなら絶対手に入れたい、と思うはず。



そんな人間の持つ購買欲と、購買行動に気づいていたかどうかは分かりませんが、新しいピカソの作品が欲しくなるファン、コレクターの気持ちは、わかっていたはずです。



また、小切手で買い物をしたエピソードもあります。

彼は自分のサインが書かれた小切手は、作品としての価値があると考えました。

受け取った人は銀行に小切手を持っていって、お金に換えることはしないで、作品として取っておくことになるだろう・・・。

こうして、ピカソはお金を支払うことなく、必要なものを手に入れていたのです。

そんなのありっっっ?!?!?!ビックリする発想です。



でも、今の感覚で考えたら納得のいく話です。

ピカソのサインの入った小切手は、いずれそこに書かれた金額以上の価値をつけることは目に見えているから、当然取っておきますよね。



本当にすごい発想力と、論理的な思考ですよね。
実はすごく「人」が好きな画家





絵の才能が豊かで、経済的にも豊かで、手に入れられないものは何もないようなピカソ。

これだけ見ると、どんな人だったのか想像するに、お金好きで傲慢なイメージが浮かび上がってきますが、実はすごく「人」恋しい人物だったのではないか、と私は思います。



なぜなら、人物画がすごく多くって、お付き合いする女性が変われば画風が変わるし、自分の身近な親しい人をよくモデルにして描いたり、ということがすごく多いのです。



愛おしいから描きたい。大切な人だから描きたい。



その時の自分の感情も映し出されるように、描き方も愛おしい気持ちに合わせて、その人その人に合わせて変えて表現したい。



だからこそ、様々な作風が生まれたんだと思います。



ピカソの作画の原動力は、ひとえに「人」が好き、というところから生まれているのです。

とても、とても、人間的です。



いかがでしたでしょうか。

もしピカソの作品に触れる機会がありましたら、この投稿を思い出してください。

ピカソについての、また何か新しい発見が、あるかもしれませんよ。

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