ナイチンゲールは偉大です。

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子どもの頃から尊敬しています。
ナイチンゲールは「クリミアの天使」「ランプの貴婦人」と呼ばれていました。



クリミアで勃発した戦争で、負傷した兵士の看護をする仕事に、自ら進んで手を挙げて従事したナイチンゲール。

彼女が存在したことで、看護師という仕事が確立されたことは、広く世間で知られています。



私も小さい頃、父親に買ってもらったナイチンゲールの偉人伝を、繰り返し何度も読み返して「ナイチンゲールって本当にすごい人だな~」と思いながら、彼女の成した功績を記憶していった覚えがあります。

私が読んだ偉人伝はマンガ仕様だったので、とても読みやすかったです。



今ではどうやら、ゲームのキャラクターになっているくらい、彼女の名前が今の時代身近になっているようですが、実はものすごい偉業を成し遂げているナイチンゲール。

看護師の仕事に大変革をもたらした彼女の偉功を、尊敬の念をこめて、ここでご紹介したいと思います。




神様から与えられた看護師の仕事
ナイチンゲールは本名を、フローレンス・ナイチンゲールといい、裕福な地主の家庭に生を受けます。ご両親がトスカーナ大公国を新婚旅行中、1820年の5月12日に生まれました。



フィレンツェで生まれたので、英語読みの「フローレンス」と名づけられ、沢山の教育を受けて高い教養を身につけることができました。



でもふと、自分の周りに目を向けると、貧しい家に生まれて勉強をすることもできず、親の仕事を手伝っている自分と同じ年齢の子どもがいたのでした。



貧しいがために、病気になっても適切な医療を受けることもできない、そんな境遇の人達と接する中で、徐々にフローレンスは困っている人を助ける仕事に就きたいと思うようになります。



思いを貫いたフローレンスは、知り合いを通じて、ドイツの看護師に教育を施してくれる学園に滞在することになりました。無給で働きながら、勉強です。



当時の看護師は患者のたんなる召使という扱いで、誰でもなれる職業、むしろ「看護師なんてとんでもない!!」と思われてしまうような職業でした。
クリミア戦争で負傷兵のために、そしてすべての人のために
そんな時に、クリミア戦争で野戦病院の看護師の募集をする記事を、新聞で見かけたフローレンス。
お母さんとお姉さんの心配をよそに、38人の看護師を集めて負傷した兵士の看護をするため、戦地へ赴きました。



野戦病院は劣悪な環境でした。

不衛生な状況のために、負傷した兵士が亡くなっていく姿をみて、病院の責任者と戦いながら徐々にその劣悪な環境を改善していき、病院内の兵士の死亡率を大幅に下げて、沢山の命を救ったのでした。



その時、一人ひとりの兵士の病状を心配したフローレンスは、夜も寝ないでランプを片手に見回りをしたということです。「クリミアの天使」「ランプの貴婦人」と言われる所以です。



クリミア戦争終結後、フローレンスは病院の報告書を読み、統計を取って状況を分析し資料を作り、イギリスの保健制度の改革に役立てました。(このため、イギリスではナイチンゲールを統計学の先駆者としています。すごいですね)また、フローレンスはナイチンゲール看護学校をイギリスに設立。

この看護学校が、現在の看護師の養成学校の原型となったのです。



実は、ナイチンゲールはクリミア戦争後、37歳の時に心臓発作をおこして倒れています。その後はほぼベッド上での生活。このことは、私が当時読んでいた本には載っていませんでした。

ナイチンゲールはきっと、クリミア戦争で看護師という仕事の真髄を、目の当たりにしていたのだと思います。その時、その一瞬を命がけで行い、その結集としての看護学校だったのですよね。



だから、後世まで残るような看護学校の基礎を作り上げ、現代まで引き継がれてきているのだと思います。




人を助ける仕事
ナイチンゲールのように人を助ける仕事がしたい、と思いながら看護師の仕事には就けなかった私(;^_^A



少しでも役に立てる仕事を、と思い現在はケアマネジャーの仕事をしています。



ナイチンゲールのように、もっと頭が良ければもっとたくさんの人の役に立てるのに、それほどでもない私の頭脳ではブログで偉人を紹介するのが関の山(^^;)



自分の子どもたちには、沢山の世界の素晴らしい人達のその人生、生き様に触れて、これからの自身の生き方に活かしてほしいな、と思いました。


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