大正天皇のお誕生日は、祝日とはなりませんでした。

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昨日は「文化の日が明治天皇のお誕生日」というお話を、記事にさせていただきました。

現代は昭和天皇のお誕生日は「昭和の日」という祝日になっているし、今上天皇のお誕生日も祝日となっているし、天皇の誕生日って何らかの祝日になっているイメージがありますよね。



でも、大正天皇のお誕生日は、何でもない平日になってるんです。



日にちは8月31日、しいて言えば夏休み最後の日で、毎年次の日の学校の準備や宿題の総仕上げに使われる日でもあります。慣例的に(笑)

何故大正天皇のお誕生日は、祝日にならなかったのかというと、大正天皇の出生から崩御されるまでの、人生とその取り巻く史実にありました。



大正天皇がお生まれになった時代は、第一次大戦後のヨーロッパやロシアで革命が起きて君主制が揺らいだ時代でした。日本でも大正デモクラシーなどで、時代に革命を起こそうとする機運が高まっていた時です。

そのような時代において、生まれつき病弱だった大正天皇。病弱な天皇陛下を失墜させようとする輩が出かねない、そのような時代の勢いがありました。

政府は天皇の権威を守るため、皇太子に「摂政」という役割を与えて皇室のイメージアップを図り、大正天皇死後は新天皇陛下を大いに盛り立てて、大正という時代を忘れさせようとしたのですね。

国民に早く新しい時代を受け入れてもらうためには、大正天皇のお誕生日を祝日にするということは、当然タブーとなりました。



明治天皇のお誕生日は、国民に忘れさせないためにわざと憲法公布の日にしたということを、昨日の記事で書いたのですが、それとはまったく対照的ですよね。

大正天皇、可哀想すぎる・・・。

でも、天皇家の家内行事の宮中祭祀には「大正天皇例祭」はありますよ。

今上天皇が自ら、大正天皇の大祭をするわけです。

このお祭りの日は、お誕生日ではなく崩御された日なのです。やっぱりお誕生日じゃないんですよね。



ちなみに、大正天皇がお亡くなりになった日は、なんと12月25日です。

今上天皇のお誕生日は12月23日、12月24日はクリスマスイヴ、そしてキリストのお誕生日と大正天皇の崩御された日が同じ・・・。

この記事をお読み下さった皆様は、23日、24日、25日は関連付けて覚えてくださいね~!覚えやすいから(^ω^)



大正天皇のプチ情報をもう二つほど。

大正天皇が学習院へ通われたときに、侍従に軍隊の背嚢を背負って通われたそうです。どうしても背嚢が良い!!とせがんで背負ったのだとか。

それが現代のランドセルの原型になった、という逸話があります。

ランドセルっていつから、何がきっかけで小学校で使われるスタンダードなバッグになったのか、ずっと疑問だったのですが、解決です❣



そしてもう一つ。

明治以降、一夫一妻制を皇室で初めて取り入れた天皇陛下でもあります!!



病弱であられたので、ご結婚できたことが本当に嬉しかったのだと思います。とても家族、家庭、皇后である奥様を大切にされたということです。



いかがでしたでしょうか?

大正天皇って、在位も短いしお誕生日も祝日じゃないし、あまり気になる時代ではないイメージだったのですが、大正天皇の人となりに触れることで、他の時代の天皇陛下同様、時代に翻弄されて生きてこられたのですよね。



天皇陛下として皇室の中で生を受けられた方は、やはり私たち凡人には測り知れない荒波の中で、人生を歩まれる運命なのだとつくづく思いました。



今日も、最後までお読み下さって、ありがとうございます。

また何かお役に立つ情報がありましたら、記事にしていきたいと思います。

ふくフクでした<m(__)m>

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