アルベール・カミュの名言が胸を掴む!!生い立ちともに紹介します。

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フランスの小説家、劇作家、哲学者であるアルベール・カミュ

アルベール・カミュをご存知ですか?

フランスの小説家で劇作家、哲学者でもある、戦後最年少の43歳でノーベル文学賞を受賞した人物です。



彼の作品は「異邦人」「ペスト」「シーシュポスの神話」など。



1960年、46歳の時に交通事故で命を落としてしまいます。



私は10代の頃「異邦人」の読破にチャレンジしたのですが、読み終ってからほとんど理解できていない自分がいたのを、思い出します。きっと、カミュの小説の1%も理解していなかったと思います。



でも、そんなアルベール・カミュの名言が今、私の心に強烈な色彩を放ちながら突き刺さってきます。

ある程度年齢を重ねてきて、やっとカミュの言葉の意味が少しずつ感受できるようになってきたのかな、と思いました。



生きること、生きていくことに自信が無くなりかけている方には是非読んでもらいたいなと思い、私が感動した、またシビレたカミュの名言をご紹介します。

生い立ちについても記述しましたので、名言を読んだ後にお読みになって下さい。生い立ちを知ることで、よりカミュの名言が心に迫ってきます。
カミュ名言の数々
こんなにも生きることに対して真剣で、真摯に向き合っていたカミュ。
現代に生きる私たちが失ったものが、ひょっとしたらカミュの言葉に詰まっているかもしれません。


幸せが何から成っているのか探し続けている人は、決して幸せになれない。
人生の意味を見出そうとしている人は、決して生きているとはいえない。


涙が出そうになるくらい生きろ。


人間は現在の自分を拒絶する唯一の生きものである。


意志もまた、一つの孤独である。


強い心、知性、勇気があれば運命の力を阻み、しばしばそれを逆転することが可能である。


貧困は僕にとって必ずしも憎むべきものではなかった。なぜなら、太陽と海は決して金では買えなかったから。


私は犬に対して、昔から揺るぎない愛着を持っている。犬が好きな理由は、彼らは私のすることをいつも許してくれるからである。


愛されないということは不運であり、愛さないということは不幸である。


重要なのは、病から癒えることではなく、病みつつ生きることだ。


自由とは、より良くなるためのチャンス以外のなにものでもない。

名言通りの生き方をしたカミュの生い立ち

人間が真に生きるということを常に考え続けていたカミュは、決して幸福とは言えない人生を歩んだ人物です。



フランス領アルジェリアに生まれたカミュ。

翌年、カミュの父親は戦争で戦死してしまいます。

カミュの母と2人の息子はアルジェ市内母の実家に身を寄せました。

祖母のほかに叔父も一人同居していましたが、聴覚障害のあった母親も含め、読み書きできる人は一人もいませんでした。



そんな貧しい家で育ったカミュを救ったのは、進学した小学校の教諭ルイ=ジェルマンでした。

ルイの働きかけで、奨学金を受けながらカミュは高等中学校へ進学できます。



しかし、在学中に結核のために喀血。

叔父の家で療養生活を送りましたが、この結核がその後の彼の人生に影響を与えました。

療養生活後、大学へ入学、眼科医の令嬢と結婚、叔父との断絶、離婚、共産党への入党、除名と、穏やかな人生とは程遠い経験を重ねます。



大学卒業後も一筋縄ではいかない人生で、一端はアルジェ大学付属の気象学・地球物理学研究所でデータ整理の職に就きますが、パスカル・ピアに誘われてジャーナリストとして筆を執り始めます。

第二次大戦勃発で、平和を訴え続けてきたカミュの記事が載っていた「ソワール・レピュブリカン」紙は、厳しい検閲のために発行停止。責任を迫られて解雇されることになります。

カミュはこのころから、小説家としての活動を始めます。



ふたたび、パスカル・ピアの助力で「パリ・ソワール」の編集者としての職を得て、小説を書きあげていくさなか、ナチスドイツによりパリが占領され、再び職を失います。



妻の実家のある地に身を寄せながら収筆活動をしますが、喀血のため療養生活を余儀なくされました。

サルトルとヴォーボワールに出会い、親交を深めたのもこのころです。



パリ解放後、ジャーナリストとして、小説家としての出版物を発表していきますが、彼の思想は他の活動家たちと対立していくことになりました。中でもサルトルの思想と相いれず、カミュは孤立していきます。



しかし、彼の残した作品の数々、活動の軌跡はその時代を生きる人々に多大なる影響を与え、その大きな功績が讃えられてノーベル文学賞を受賞するに至りました。



受賞後も、まるで短い命を力の限り生ききるかのように、ジャーナリストとしての記事を発信し続けて、1960年友人の運転する車で事故に遭い、帰らぬ人となりました。


短くも迷いのない生き様です

カミュの人生を振り返ると、こんな激しい生き方をしている人が今の時代に果たしているのだろうか、という思いになります。



戦争や激動の戦後の時代に、真に正しいものを追求して、発表して、意思をもって自らの人生を生きた人物であり、だからこそ本当の意味での「命を生きる」という姿勢に繋がっていったのだと思います。



今またカミュのように、時代の流れに対して意思を持ちながら生きるということについて、もう一度、自分の人生と照らし合わせながら考えてみたいなと強く思いました。



カミュの名言は、生と向き合う時に私たちを奮い立たせてくれる、そんな名言です。

おススメの本→晴れた日には『異邦人』を読もう アルベール・カミュと「やさしい無関心」

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